はじめに

グローバルな気象学に関する研究分野の多くは、共通の目標を持った国際的な連携のもとで進められています。

中層大気に関する研究の場合、世界気候研究計画(WCRP)の5つのプロジェクトのうちの1つである「成層圏過程と気候における役割」(SPARC)があります。SPARCの分科会のうちの一つとして大気重力波に関する研究のコミュニティがあり、共同研究やワークショップを行うなどの活動をしています。
中層大気や大気重力波に関する日本語の解説は東京大学大学院理学系研究科 佐藤研究室 研究紹介のページも参照ください。

重力波パラメタリゼーション

地球全体の大気の流れを物理法則に基づいて計算するための大気大循環モデル(General circulation model: GCM)は、力学や雲、光、化学などの様々な物理的な過程に対応する多くの部品を組み合わせて作られている。「重力波パラメタリゼーション」は、その部品のうちの一つである。

実際のところ、重力波パラメタリゼーションは対流や放射などモデルの中の他の過程と比べて注目されることは少なく、あまり知られていない。というのは、その効果は対流圏よりも、主に中層大気(成層圏・中間圏および下部熱圏)において重要性を持つからである。降水や温度変化を通して地表付近の人間活動に直接影響する現象は主に対流圏で起こるので、モデルに関する研究も対流圏を重視して行われてきたのは自然である。
一方で、中層大気にはその領域で特有のさまざまな現象があり、一つの研究分野として発達してきた歴史がある。オゾン層の存在はよく知られているが、他にも成層圏突然昇温(SSW)、赤道準二年周期振動(QBO)などの力学的な現象は対流圏の短期的・長期的な気候において大きな役割を持っている。大気大循環モデルの中でも特に化学過程を含んだ長期的な予測を目的とするモデルは、中層大気全体を計算領域に含めることが一般的である。重力波パラメタリゼーションはそのようなモデルにおいて中層大気の風や温度のような力学的状態に大きく影響する重要な部品である。

大気重力波

大気力学や海洋物理学の分野においての重力波とは、重力(浮力)を復元力として流体中を伝わる波動のことである(相対論的な重力波とは異なり横波である)。大気はふつう重い空気の上により軽い空気が積み重なった安定な成層構造をしている。成層が安定であるほど、空気の上下方向の動きに対する復元力が強く働く。その動きが周りの空気を押すことにより、ある場所で生じた変動が遠くまで波として伝わることができる。これが大気重力波であり、大気中の他の二つの波、音波(圧縮性による)とロスビー波(地球の自転と曲率による)といずれとも異なるメカニズムをもち、異なる時空間的特徴で現れる。

重力波は例えば地表近くの風が山岳に乗り上げる山岳波としてみられる。これが境界層に捕捉されて横向きに伝わるとき、気象衛星による可視画像で時折見られる、山の風下側での波状の雲を形成することがある。また、山岳波が上向きに伝わったものは山岳上空での晴天乱気流を引き起こす原因になる。

中層大気における重要性

中層大気の研究において重力波は特別な重要性を持っている。それは、重力波による「運動量の輸送」が中層大気の大循環の長期平均的な状態に大きく影響するためである。(大まかに言うと、「運動量の輸送」とは大気に働く摩擦のようなものである。ただし、大気は流体なので摩擦は地球と接する表面だけに働くとは限らず、波を通して流体内部に伝わってそこで力を及ぼすことができる。また山岳派の場合は地球との間の運動量の再分配であるが、対流など他の原因による重力波の場合は大気内部の別々の場所の間での再分配も起こりうる。)

このため、中層大気の重力波を様々な形で観測する研究がなされてきた。また、中層大気の力学的状態を適切にモデルで表現するためには、その運動量の輸送の効果を表現するための方法が重要となる。重力波は水平波長が数十km、鉛直波長が数百mといった大きさのものを含み、一般的な予測研究に用いるためのモデルでは格子データとして十分に表現できないほどの細かい現象である。そのため、格子点で表現される変数の力学過程とは別に、重力波の効果を計算するためのパラメタリゼーションが必要となる。

上向きに伝わり成層圏や中間圏に到達する重力波はその場所で風を加速・減速する働きをもたらす。もし重力波パラメタリゼーションがなければ、この効果が過小評価され風速に大きな影響が現れる。具体的には、中緯度圏界面付近の亜熱帯ジェットや冬季成層圏の極渦における重力波による減速の効果が正しく表現されていないと、風速が著しく強い非現実的な状態が起こる。

パラメタリゼーションの構成

重力波パラメタリゼーションでは、重力波の波の構造を細かく表現する代わりに、ある波数と周波数を持った波の、ある領域に局在した「波束」を想定して表現する。そのような前提のもとで、波の発生、伝播、および運動量の輸送を表現し、格子点上の変数に与える影響を計算する。数学的には各力学変数を格子点で表現される平均値と波に関する細かな空間的構造をもった擾乱に分離し、両者の空間スケールの間にWKB近似を措定して波の伝播に関する方程式を導く。

世界各国の様々な研究機関が中層大気を含んだ気候モデルをそれぞれ開発しているが、いずれも何らかの形の重力波パラメタリゼーションを用いている。ただし、具体的な計算の方法や与えるパラメタはそれぞれモデルごとに大きく異なっている部分もある。各々の気候モデルの結果は共通点も相違点もあるが、特に熱帯成層圏の変動や極渦に関しては重力波パラメタリゼーションの影響が大きい。現実の気候をより適切に表現するための重力波パラメタリゼーションの構成について、重力波の観測事実の取り入れ方、計算の適切な近似のしかたなどに関して、様々なアプローチがなされており、重要な研究課題の一つである。

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図1 Amemiya and Sato (2016)の重力波パラメタリゼーションの模式図
Amemiya and Sato (2016)では、地形性重力波パラメタリゼーションにおいて、重力波の伝播に関して一般的に用いられる鉛直伝播の近似を用いずに斜め方向の3次元的な伝播を直接表現できるような手法を導入した。一般的にモデルの物理過程のパラメタリゼーションは、(並列化を容易にするため)鉛直一次元で計算が完結するように構成されている。しかし重力波に関しては、鉛直方向にのみ伝播するという近似は必ずしも現実的ではない比較的粗い近似である。実際に斜め方向に伝播することを示唆する観測および、そのことの考慮がモデルの系統的バイアスを改善できる可能性を示した研究があった。そこで、3次元的な伝播を考慮できるよう変更したパラメタリゼーションを用いて、実際に気候平均的な極渦の強さの季節進行に与える影響を調べた。